粉屋の原点

つむぎやは大正元年創業。茨城県結城市にて小麦粉の製粉工場を営み、全国・海外に小麦粉をお届けしていました。

創業当時(大正初期)

戦後、利根川で茨城県と隣接する埼玉県栗橋町(現在の久喜市)に移転。その後、利根川の堤防決壊(1947年カスリーン台風)や工場火災に見舞われ業容を変えてきましたが、いまも小麦粉にこだわり続けています。

栗橋製粉 かつての製粉工場

『つむぎや』は栗橋町の“ホーム横”にあります。
これは前身『栗橋製粉』ならではの歴史がかかわっています。
昔は外麦(外国産小麦)よりも内麦(国内産小麦)が流通の大半をしめていて、それぞれの土地で収穫された小麦が製粉会社によって製粉され、鉄道輸送によって日本全国に配達されていました。
ホーム横にあったのは輸送貨物の専用引き込み線が工場敷地内まで伸び、工場横で効率的に出荷しそのまま輸送していた名残というわけです。

今ではレールなども撤去され当時をしのばせる建築物はありません。しかし、鉄道輸送の大動脈である東北本線(宇都宮線)の1つである栗橋駅ホーム横は、食糧供給を支え続けた製粉会社ならではの歴史と言えます。

現在、小麦粉は国内消費の9割以上がアメリカ・カナダ・オーストラリアから粒のまま専用船で運ばれてきますので、製粉工場の多くは港の近くにあります。製粉会社からはトラックやローリーによる流通が大半です。

“埼玉県”と“小麦粉”

あまり知られていませんが、埼玉・群馬にまたがるこの地域は小麦の生産に適した土地が多く、四国のさぬき地方とならぶ小麦の一大産地として江戸時代から小麦の栽培が盛んに行われてきました。
「お祝い事には家でうどんを打って訪問客をもてなす風習があった」との記録が残っているそうで、ハレの食事であり地域の品だったことが伺えます。

創業当時から何よりこだわってきたのはその埼玉県産小麦 「農林61号」です。この品種の特徴はなんと言っても、他の品種ではなかなか味わえないそのコシと独特のもっちり感です。
私共は製粉会社と共同で100%この品種に厳選して自社オリジナルの小麦『つむぎ』を開発。この小麦粉を用いて、伝統的な製法を復活させることによって製品化した「つむぎうどん」をはじめとする品々は大変好評をいただいています。

埼玉県産小麦は大消費地・東京の近郊であり消費される量が多い影響もあるのでしょうか、全国・県内でも決して十分に知れ渡っているとは言えないかもしれません。
実際、県内のお客様でも『県内の小麦でつくったうどんがこんなに美味しいなんて知らなかった』とお便りをいただくことも少なくないのです。

「小麦・塩・水」これがうどんのぜんぶです。だからこそ小麦の味が全てを左右するといっても過言ではありません。私たちはこの小麦の美味しさを様々な製品を通じて県内・全国の方にもっとお伝えしたいと願っています。

“「粉屋の目利き」”

今では製粉業の歴史で培った粉屋の目利きを生かして、小麦粉製品を中心に幅広く取り扱っています。いずれも粉屋の目利きに恥じない選りすぐりの品ばかりで好評をいただいておりますので、興味あるお品をご賞味いただければ幸いです。

「つむぎや」の名は出身地である茨城県結城市の特産織物の結城紬よりいただきました。
決して華美すぎず、素朴な風合いであきのこない結城紬のように、何度食べてもあきのこない品づくりを目指してまいります。

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